長崎地方裁判所 平成10年(ワ)367号 判決 2000年9月27日
原告
甲野太郎
右訴訟代理人弁護士
中村尚達
同
迫光夫
被告
大東京火災海上保険株式会社
右代表者代表取締役
瀬下明
右訴訟代理人弁護士
金子寛道
同
坂東司朗
同
池田紳
同
石田香苗
同
澤田雄二
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
被告は、原告に対し、三四〇〇万円を支払え。
第二 事案の概要
本件は、原告が、被告に対し、自己所有の建物及び同建物内の家財を目的物とする住宅総合保険契約に基づき、火災保険金の支払を請求した事案である。
(略称)
甲野花子 ― 「花子」
乙川一郎 ― 「乙川」
丙山(丙山)春子 ― 「丙山」
丁谷二郎 ― 「丁谷」
戊田三郎 ― 「戊田」
別紙物件目録五記載の建物 ― 「本件建物」又は「三〇〇〇番一の建物」(他の不動産にも同様の略称を用いる。)
別紙物件目録七記載の建物 ― 「本件作業所」又は「二八四八番の建物」
別紙家財目録記載の家財 ― 「本件家財」
一 争いのない事実等
1 当事者等
(一) 原告は、「甲野建築」の名称で建設業を営んでいるものであり(乙九)、花子は、その妻である。
(二) 被告は、損害保険業等を目的とする株式会社である。戊田は、調査業務を営み、被告の依頼を受け、本件火災の調査を担当したものである(乙一三)。
(三) 乙川は、ホテル業のほか、「乙川商事」の商号で丙山(乙川の愛人)及び乙川の子の免許を用いるなどして金融業を営むものである(証人乙川)。乙川は、本件当時、原告の債権者でもあった。
2 本件保険契約の締結等
原告は、平成九年九月一一日、被告(その営業担当者は丁谷である。)との間で、本件建物と本件家財について、次の内容の保険契約を締結した(甲二、乙一、二)。
(一) 保険の種類 住宅総合保険
(二) 保険期間 平成九年九月一一日午前一一時から同一〇年九月一一日午後四時まで
(三) 保険金額 本件建物につき二四〇〇万円
本件家財につき一〇〇〇万円
(四) 保険料 本件建物につき五万〇六四〇円
本件家財につき二万四一〇〇円
(五) 保険金の支払 保険の目的が火災事故に生じた損害に対し、保険契約者が保険金請求の手続をした日から三〇日以内に保険金を支払う。
(六) 特約 (1) 保険契約者の故意又は重大な過失により生じた損害については、被告は保険金を支払わない。
(2) 保険契約者が、保険契約締結当時、故意又は重大な過失により保険契約申込書の記載事項(他の保険契約の締結の有無を含む。)について知っている事実を告げず又は不実のことを告げたときは、被告は、保険契約者に対し、書面により、保険契約を解除することができる。
3 火災の発生(甲三、一二)
本件建物及び本件家財は、平成九年一一月一九日午後九時三〇分ころに発生した火災により全焼した(甲四、五、乙四。以下「本件火災」という。)。
本件建物付近の地理状況は、別紙図面のとおりである(乙九)。
4 原告の保険金請求と被告の解除
被告は、原告の保険金請求手続に対し、平成一〇年一月二一日到達の書面により、原告が他の保険契約の締結の事実を告げなかったとして、本件保険契約を解除する旨の意思表示をした(乙三の1及び2)。
二 争点
1 原告の故意による事故招致
(被告の主張)
原告の財産状態、本件保険契約の締結及びその内容の不自然性、別件火災の発生、本件火災発生前後の原告らの行動の異常性、火災現場の焼燬状況、油性反応の検査結果等に照らし、本件火災は原告の故意による事故招致である。
(原告の主張)
否認する。
2 重複保険告知義務違反を理由とする解除の有効性
(被告の主張)
原告は、本件保険契約締結当時、安田火災海上保険株式会社との間で、火災保険契約を締結していたのに、これを被告に告げなかったから、前記解除は有効である。
(原告の主張)
本件保険契約の申込書は、被告従業員である丁谷が、原告に質問しながら記入したものであり、右丁谷から重複保険の有無に関する質問がなかったため、原告はこれを告知する義務があるとは知らなかった。仮に右告知義務違反があるとしても、原告には不法な保険金取得の目的はなかったから、前記解除は無効である。
第三 争点に対する判断
一 争点1(原告の故意による事故招致)について、前記争いのない事実等に証拠(甲八、一三、乙四ないし九、一五、一六の1ないし8、一七ないし一九のほか後掲各書証、証人菅の供述書、証人花子、証人乙川、証人戊田、原告及び各調査嘱託)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
1 本件当時における原告の財産状況
(一) 原告は、本件当時、別紙物件目録一ないし八記載の各不動産を所有していた。右各不動産の時価について、長崎地方裁判所島原支部平成八年(ケ)第二一号不動産競売申立事件の平成八年一一月二二日付け不動産評価書(補充書)によれば、三〇〇〇番一の土地は約二七七万円、三〇〇〇番一の建物(本件建物)は約四九〇万円、三〇〇〇番七の土地は約五四万円、二八四八番の土地は約七〇五万円、二八四八番の建物(本件作業所)は約五八七万円と評価されていた(いずれも競売市場修正を加える前の評価額である。)。二八一三番、二八二五番一及び二八二五番二の各土地の時価について、原告は合計三五〇万円と供述している。また、原告の平成三年度から平成八年度までの収入は、所得税確定申告書によれば、総売上高は三五〇八万円五〇〇〇円、三五一〇万円、四四四〇万円、五五六五万三三〇〇円、一六六三万円、二二三五万円と、所得額は三六〇万円、三六七万二〇〇〇円、四七〇万六四〇〇円、三五六万一七三三円、四四四万七六二五円、二八六万三〇〇〇円と推移していた(甲九の1ないし6)。原告の雇用していた従業員も、最多時は一二人程度いたが、平成七年以降は三人にまで減少していた。
(二) 他方、原告は、本件当時、毎月約二二万円ないし二六万円程度の生活費を必要としていた上、税金の滞納(一二〇万円以上にも達していた。)や国民健康保険保険料及び各種の公共料金にまで延滞が発生していた。また、その自認するだけでも、原告は別紙負債目録(1)記載の債務を(特に、乙川に対する債務は月三分の約定利息が付されるものであった。)、花子も別紙負債目録(2)記載の債務をそれぞれ負担していた。そのため、別紙物件目録一ないし八記載の各不動産にも、別紙担保目録記載の各担保権や債権回収目的の賃借権が設定されたり(甲一八ないし二〇)、別紙差押等目録記載の差押等を受けたりしていた。
(三) 原告は、平成八年二月八日、丙山との間で、①平成七年五月四日付け貸金返還債務(元金一二一〇万円、利息年一五パーセント)について、元金は一括して平成一〇年一二月三一日限り、利息は当月分を毎月末日限り弁済する、②右債務を担保するために、三〇〇〇番一及び二八四八番の建物内の家財や自動車等のほか、大工道具までを目的物とする平成七年五月四日付け譲渡担保を設定したことを内容とする譲渡担保付債務承認並びに弁済契約公正証書(長崎地方法無共済契約公証人田中勝昌作成平成八年第三四号)を作成した。
(四) 原告は、平成八年八月二二日、三〇〇〇番一の土地建物、三〇〇〇番七の土地及び二八四八番の土地建物について(長崎地方裁判所島原支部平成八年(ケ)第二一号)、二八四八番及び三〇〇〇番七の各土地について(同九年(ケ)第八号)、いずれも株式会社九州銀行を申立債権者とする不動産競売開始決定を受けた。このうち、三〇〇〇番一の土地建物については、平成九年四月一八日、いわゆる無剰余取消しとされた。また、三〇〇〇番七の土地及び二八四八番の土地建物については、平成九年五月七日、売却実施命令(平成九年七月二二日から同月二八日までの期間入札)が出されたが、乙川が株式会社九州銀行に対し弁済(合計三〇六万円)したため、右両競売事件は、平成九年七月一八日、いずれも取り下げにより終了した。
2 本件保険契約の締結に至る経緯と別件火災の発生等
(一) 原告と丁谷とは、中学校時の同級生であったものの、その親交は長らく途絶えていた。ところが、原告は、平成七、八年ころ、被告従業員となった丁谷と再会し、同人から種々の保険の勧誘を受けたとして、被告との間で、所有自動車についての保険契約を締結したところ、平成九年八月三日、家族とともに交通事故に遭遇したことにより、相手方自動車の加入保険分も含め約四二万円の保険金を取得したことがあった。
(二) 原告は、本件保険契約の締結に先立つ平成九年七、八日ころにも、被告との間で、本件作業所について火災保険契約を締結した。右保険料は、本件保険契約の保険料よりも少なく、二万数千円程度であった。原告は、本件保険契約の保険料よりも少なく、二万数千円程度であった。原告は、本件建物の時価を一七〇〇万円程度であると供述するものの、原告が、平成二年六月、安田火災海上保険株式会社との間で、本件建物について締結していた火災保険契約の保険金額は五五〇万円にとどまっていた。なお、本件保険契約の申込書における他の保険契約の締結の有無に関する欄は空欄のままであった(乙二)が、丁谷が現在、所在不明であるため、右申込書作成時におけるやりとりの詳細は不明である。
(三) 本件建物において、平成九年一〇月二五日午後〇時ころ、台所の天ぷら鍋から出火したことがあった。これは、花子が天ぷら鍋の火を消すことなく、外出したことが原因であった。このときは、右出火を近隣の者(竹本裕文)が早期に発見し、迅速な消化活動を行ったため、大きな被害には至らなかった。
3 本件火災発生当日(平成九年一一月一九日)の状況等
(一) 本件火災発生当日の天候は晴れ、風速は秒速二メートルであり、火災警報を含む気象注意報は何ら発せられていなかった。
(二) 本件建物には、原告夫婦を含む七人家族が居住していた(夏子(昭和五一年二月一八日生、当時二一歳)、秋子(昭和六一年一二月九日生、当時一一歳)、四郎(昭和六三年九月一二日生、当時九歳)及び五郎(平成二年一月一一日生まれ、当時七歳)はいずれも原告の子であり、冬子(大正一二年三月一〇日生、当時七四歳)は原告の母である。)。本件火災発生当日の午後六時半ころから、右家族全員が夕食を済ませ、順次風呂に入っていった。本件建物内に設置された風呂はいわゆる五右衛門風呂であり、薪をその燃料として利用していた。冬子によれば、風呂場の焚き口は掃除こそしていなかったものの、乱雑な状態ではなく、従前も危険なことはなかったとのことであった(平成八年一〇月実施の長崎地方裁判所執行官による現況調査においても、風呂場の焚き口内部に燃え残った薪がみられるものの、焚き口外部にまでは出ておらず、その周辺にも延焼するような物は置かれていなかった。)。右当日に一番最後の風呂から出たのは原告又は花子のいずれかであるが、右両者のいずれも焚き口付近について異常や危険は感じなかったと供述している。
(三) 夏子は、午後八時前ころ、友人宅へ行くと行って外出し、冬子も、午後八時過ぎころ、予定していた宗教上の会合に参加するため、五郎を連れて外出した。原告と花子も、午後九時前ころ、秋子と四郎を連れて外出しているが、その理由として、原告は、本件作業所で見積もりの仕事をするためであると供述している。また、花子は、四郎を連れて株式会社スペースエム有明店(長崎県南高来郡有明町大三東丙<番地略>所在)に向かっているが、その理由として、四郎からビデオを借りに行こうと言われたためであると供述している。本件火災発生当日は水曜日であるところ、花子は、レンタルビデオは専ら前記店舗を利用しており、平日にも行っていた旨を供述するが、夏子名義での貸出曜日はほぼ土曜日又は日曜日に集中し、かつ、その最終来店日は平成九年八月一九日であり、花子名義での貸出曜日においては、直近三か月間ではいずれも土曜日又は日曜日に限られていた。
(四) 本件火災は、午後九時三〇分ころ、現場から五〇メートル程度離れた位置にある「ふれあい食堂」経営者(松本弘子)により発見された。右発見時の火災状況は、本件建物内の風呂場からは黒い煙が、右風呂場の中の方からも赤い炎が出ていたほか、北側軒裏からも白い煙が出ていたというものであった。本件火災の発生は、近所の者も覚知するところとなり、元消防団長(柴原隆雄)において、消化器を持ち出したものの、これでは消化できないと判断して、近くの公設消火栓からホースを引くなどして初期消火に当たったが、本件火災は既に右初期消火の効果がない状態にまで達していた。午後九時三六分に一一九番通報があり、午後九時五二分には放水が開始されたが、消防士が現場に到着した時には、既に本件建物の一階、二階はともに炎上し、二階の屋根や窓からも炎が立ち上がっている状態にあった。本件火災は、合計八台のポンプ台を用い、述べ二五五人の人員がその消火に当たった結果、午後一〇時五分に鎮圧、午後一一時三〇分に鎮火されるに至った。
4 本件火災に対する調査
(一) 本件建物の外部及び内部における消燬状況は、別紙「実況見分調査」記載のとおりであり、本件建物における柱の炭化深度は、別紙「炭化深度測定図」記載のとおりである(風呂場の焚き口から燃え上がった痕はみられなかった。)。漏電の可能性については、電気配線上の異常は全く認められず、平成九年一一月一九日午後一一時三五分、本件火災現場における九州電力島原営業所による調査でも、右可能性は否定されている。第三者による放火の可能性についても、冬子によれば、原告の家族が他人から恨まれるようなことはないとのことであった。これに対し、原告は、火災保険の加入状況についての島原地域広域市町村圏組合消防指令補からの三回にわたる質問に対し、掛け金を払うのが大変だなどとして、本件保険契約締結の事実を秘匿した上、安田火災海上保険株式会社との間にしか締結していないとの虚偽の回答に終始していた。また、原告の認識としても、当時の自らの債務総額は五七〇〇万円以上に達するというものであったが、負債状況についての戊田からの質問に対し、実際よりも過少な金額を申告していた。
(二) 島原地域広域市町村圏組合消防士長作成の平成九年一二月二五日付け火災調査報告書は、現状では確証できる供述は立証物件が得られないとして、本件火災の原因を不明とするが、内容的には風呂釜の焚き口に差し込んでいた薪が燃えて、同焚き口付近土間にあった薪や新聞紙等に延焼し、土間にあったコンテナ内の薪に着火して延焼拡大した可能性も考えられる一方、原告が火災保険金目的で放火した可能性も考えられるとしている。また、島原警察署は、平成一〇年一一月九日時点においても、本件火災について引き続き捜査している。
(三) 戊田は、平成九年一二月五日、午後一時三〇分ころ、花子の現場指示に従って本件建物の風呂場跡の延焼残存物を三か所の地点から採取した。右採取物について、株式会社分析センターが実施したガスクロマトグラフ質量分析法による可燃性液体量調査の結果、うち一つからは、石油製品分類上の灯油又はこれに類似した可燃性液体が存在する可能性があると判断された。これに対し、原告は、本件第一三回口頭弁論期日において、「本件火災直後、出火地点とされる場所の土には可燃性液体は存在しなかったこと」を立証すべく、現時点における右風呂場付近の土を採取し、これに可燃性液体が含まれるか否か等を鑑定事項とする鑑定を申請したが、右申請が却下されるや、今度は過去に灯油を溢れさせたことがあったなどと弁解するようになった(甲二七)。
5 その後の経過
(一) 乙川は、丙山名義で、平成九年一二月一六日、長崎地方法務局所属公証人田中勝昌作成平成八年第三四号譲渡担保債務承認並びに弁済契約公正証書の執行力ある正本に基づき、本件保険金請求権を差押債権とする債権差押命令(長崎地方裁判所島原支部平成九年(ル)第一三六号)を得たが、その請求債権は、同公正証書作成に先立つ平成七年五月末日の経過による期限の利益喪失を前提とするものであった(乙二〇)。また、乙川(丙山名義を含む。)は、平成九年一二月一八日、原告に対する貸金等返還請求権を請求債権、本件保険金請求権を仮差押債権とする仮差押決定を得た(長崎地方裁判所島原支部平成九年(ヨ)第二六号、第二七号。乙一四の1及び2)が、同請求債権上の利息損害金には平成六年から起算するものもあった。さらに、原告も、平成一〇年五月三一日、乙川(丙山名義及び乙川の子名義を含む。)との間でのみ、乙川の債権全額(元金二六七五万四二〇〇円(甲六の1)、利息年一五パーセント、損害金年三〇パーセント)を被担保債権として、本件保険金請求権につき債権質設定契約を締結した(甲一一)。原告の意図としては、右債権質の設定により、乙川に一旦本件保険金を全額取得させ、その中から自己への資金を確保しようというものであった。
(二) 本件建物の敷地であった三〇〇〇番一の土地は、平成一〇年七月二八日、財団法人公庫住宅融資保証協会(別紙担保目録三記載のとおり、同協会は本件建物についても担保権を有しており、かつ、同各担保権は、平成元年八月七日付け順位変更により、最先順位のものであった。)による不動産競売開始決定を受け、平成一一年二月一五日、川崎においてこれを競落した。
(三) 原告は、平成一〇年八月六日、本件訴訟を提起した。本件訴訟の提起は乙川の勧めによるものであり、その弁護士費用も乙川から借り入れたものであった。乙川の意図としても、本件火災金により、原告に対する債権を回収しようというものであった。なお、原告は、本件建物について保険契約を締結していた安田火災海上保険株式会社に対しても、本件火災による保険金を請求したが、調査等を理由に、未だ同社からの支払はない。
(四) 二八四八番の建物は、現況も作業所であるが、その付属建物には、本件火災前から起臥寝食を行うに必要な設備が揃っており、原告及びその家族は、少なくとも本件火災直後から、同建物を自宅であった本件建物の代替家屋として利用している。
二 右認定の事実によれば、原告は、本件当時、既に多額の負債を抱え、その所有不動産にも多くの担保権等の設定を受け、日常生活に必要な支払さえ滞り、差押等を受けるほど経済的に困窮した状態にあり、自宅であった本件建物にはその価値に見合う程度の火災保険に既に加入していたにもかかわらず、これに対する競売が乙川の助力により取り下げられるや、最先順位の担保権者による競売が再度申し立てられる蓋然性が高い状況下にありながら、本件作業所に加え、かつ、それよりも高い保険料を支払ってまで、著しく高額な保険金の保険契約を締結しているのであって、これらは原告の保険金取得の目的を推認させる事情ということができる。また、本件保険契約締結後、僅か一か月程度で原告の妻の少なくとも重大な過失によると評価されてもやむを得ないような出火があったばかりか、それから一か月も経たないうちに本件火災が発生したことは、偶然の出来事が重なったとして説明するには余りにも不自然である。そして、本件建物が無人状態となった時から本件火災が発見されるまでの僅かの時間に、かなりの燃焼状態に達していたことや、本件建物が全焼するまでの時間も比較的短時間であったと思われることのほか、本件火災の焼燬状況や炭化深度から推認される面としての出火部、油性反応の検査結果等は、灯油等の可燃性液体が散布された状態での発火を窺わせるものであり、本件火災発生直前の原告とその家族全員の不審な行動、原告による本件保険契約締結の秘匿、本件保険金の独占的取得という原告らの意図等の事情をも総合考慮すると、これが原告とは無関係の第三者による放火であったとは考えがたく、本件火災は、原告が自ら又は第三者をして故意に招致したものといわざるを得ない。
第四 結論
以上によれば、原告の請求は、その余の争点について判断するまでもなく、理由がない(本件保険金請求権は債権質や債権差押命令の対象とされ、右範囲内で原告の取立権も制限を受けてはいるものの、給付判決の取得段階で制限すべきではなく、その認容判決の執行段階で制限すれば足りると解すべきであるから、本件においても、却下判決ではなく、本案判決をするのが相当である。)。
(裁判官・田中秀幸)
別紙<省略>